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施設紹介

中之島アイセンターについて

私たちのルーツ

大阪・中之島から世界の医療の未来を切り拓く

未来医療国際拠点として新たに誕生した『Nakanoshima Qross(中之島クロス)』に開院した中之島アイセンターは、大阪大学医学部眼科学教室との協力関係を活用し、最先端の高度眼科医療を世界の患者様一人ひとりに合わせて提供することを使命として掲げています。その使命を果たし、眼科医療の未来を切り拓くという志を持った当アイセンターが、この中之島の地に開院したのは、まさに運命とも言える「縁」があるのです。

日本の医療の礎を築いた『適塾』の志士たち

江戸時代、大阪市内の北浜に1838年(天保9年)に開塾された「適塾」は、福沢諭吉ら維新の立役者となった数多くの英才を育んだことで有名な蘭学塾です。その適塾を開いた緒方洪庵は、蘭医学の第一人者。適塾で蘭医学を学んだ塾生の多くは郷里で開業医となり、地域医療の発展に貢献したと記録が残っています。この適塾が、大阪大学医学部の前身となる教育機関なのです。

そして、縁あるルーツの地・中之島へ

適塾は、1849年(嘉永2年)に天然痘予防のための除痘館を開設。教育と共に治療や予防も行う医療機関として地域に貢献するようになり、1869年(明治2年)には大阪仮病院に改称して開院。そして1879年(明治12年)に中之島の地に大阪公立病院として移転するのです。その後、堂島川をはさみ病院と向かい合うようにして、大阪大学医学部・理学部の学舎が建築されます。その跡地にあるのが『Nakanoshima Qross(中之島クロス)』、そして中之島アイセンターなのです。

かつて多くの医学者を輩出し、日本の医療の発展に貢献してきた適塾の縁の地・中之島。世界の眼科治療の未来を切り拓くという志を持つ当アイセンターにとってはまさにルーツと言える場所です。私たち中之島アイセンターも志高き先人の想いに恥じぬよう、眼科医療の最先端を牽引し、新たな未来医療の発信に邁進してまいります。

適塾記念センター

中之島にあった医学部・講堂・学友会館

堂島川をはさんで医学部の対岸にあった医学部付属病院