眼科疾患・手術
眼瞼・眼窩・涙道疾患
眼瞼痙攣
眼瞼痙攣とはどんな病気?
眼瞼痙攣とは、目の周りの筋肉(眼輪筋)が不随意に収縮してしまい、まぶたが勝手に閉じてしまう病気です。これは脳の運動をコントロールする部分(大脳基底核)の働きがうまくいかなくなることが原因の一つとされています。普段、私たちは意識せずに自然なまばたきをしていますが、この病気では意図せずにまぶたが閉じてしまい、自分の意思で目を開けることが困難になります。また、光に対する過敏さを感じたりすることもあります。
脳内の神経伝達物質(特にドーパミン)のバランスが崩れることが病気の発症に関係しており、このためパーキンソン病の患者さんで眼瞼痙攣様症状が出現することがあります。また、脳の運動調節回路の働きが乱れることで、まぶたの筋肉が必要以上に収縮してしまうと考えられています。さらに、遺伝的な要因も関係している可能性が指摘されています。
眼瞼痙攣の中には、「開瞼失行」と呼ばれる状態を伴うことがあります。これは筋肉の過度の収縮(痙攣)ではなく、まぶたを開ける指令がうまく伝わらない状態です。つまり、眼輪筋の収縮はないのに、まぶたを随意的に開けることができない状態を指します。この場合、患者さんは手で直接まぶたを持ち上げることで目を開けようとする特徴的な動作が見られます。
重症例では、両目を開けていられない状態が続き、実質的な視覚障害と同様の状態になることもあります。研究では、重症の眼瞼痙攣患者の生活の質(QOL)は著しく低下することが分かっています。特に、ストレス、強い光、読書、テレビ視聴、運転などの日常的な活動で症状が悪化しやすく、これにより社会生活に大きな支障をきたすことがあります。また、症状は通常、徐々に進行性であり、初期は一過性の軽い症状から始まり、次第に頻度や重症度が増していく傾向があります。
眼瞼痙攣の状態。自然に両眼が閉じてしまい開けられなくなる。
治療は?
眼瞼痙攣の治療は、ボツリヌス毒素(ボトックス)治療が第一選択となります。これは目の周りの筋肉に直接注射を行い、過剰な筋収縮を抑える治療法で、保険適用となっています。
また、多くの患者さんで「知覚トリック」と呼ばれる現象が見られます。これは、こめかみや眉間、後頭部などの特定の部位に軽く触れることで一時的に症状が改善する現象です。患者さんによっては眼鏡をかけたり、歯を噛みしめたりすることでも効果が得られることがあります。この効果を利用することで、日常生活での困難を軽減できることもあります。
補助的な治療として、ストレス管理、十分な睡眠などの生活指導を行います。必要に応じて、筋弛緩薬、抗コリン薬、抗不安薬などの内服薬を併用することもあります。また、日光が強い時にはサングラスや遮光眼鏡の使用が推奨されます。
難治例では、ボツリヌス注射の量や部位を調整したり、お薬を組み合わせたりして、より良い治療効果を目指します。極めて重症でボツリヌス注射が効果的でない場合には、手術療法(眼輪筋切除術、前頭筋つり上げ術など)を検討することもあります。
どの時期に手術すればよいのでしょう?
症状が日常生活に支障をきたすようになった時点で、積極的な治療介入を検討します。特に、運転や読書、テレビ視聴などの基本的な生活動作に困難を感じる場合や、社会生活に支障が出始めた場合には、早めの治療開始をおすすめしています。治療を遅らせることで症状が固定化したり、社会的な影響が大きくなったりする可能性があるためです。
手術内容は?
最も標準的な治療法は、ボツリヌス毒素の局所注射です。これは手術というよりも注射治療になりますが、局所麻酔下で眼輪筋の数カ所に注射を行います。治療時間は約5分程度です。注射の量や部位は、症状の程度や痙攣の起こりやすい場所に応じて調整します。効果は3〜4ヶ月程度持続し、必要に応じて繰り返し治療を行います。その間、約90%の患者さんで症状の改善が得られます。副作用として一時的なまぶたの下垂や涙目、ドライアイなどが起こることがありますが、通常は一過性で自然に改善します。
ボツリヌス毒素治療で十分な効果が得られない重症例では、外科的治療が検討されます。主な手術方法として、眼輪筋切除術と前頭筋つり上げ術があります。
眼輪筋切除術は、過剰に収縮する眼輪筋の一部を切除することで症状の軽減を図る手術です。上まぶたの皮膚のシワに沿って切開を加え、眼輪筋の一部を切除します。これにより、筋肉の過剰な収縮力を弱めることができます。
前頭筋つり上げ術は、額の筋肉(前頭筋)の力を利用してまぶたを引き上げる手術です。前頭部に小さな切開を加え、ゴアテックスという素材を用いて前頭筋とまぶたを連結します。これにより、前頭筋の収縮に連動してまぶたが持ち上がるようになります。特に開瞼失行を伴う症例で効果が期待できます。
これらの手術は、合併症(まぶたの閉じづらさ、傷跡、感染など)のリスクがあることや、効果の個人差が大きいことから、適応は慎重に判断する必要があります。また、手術後もボツリヌス治療の併用が必要となる場合もあります。
術後の経過は?
ボトックス注射後は、通常その日から普段の生活に戻ることができます。ただし、注射直後は内出血やまぶたの腫れが生じることがあります。また、ドライアイやなみだ目などの副作用が出現することがありますが、これらは一時的なものです。効果は多くの場合注射後1週間程度で現れ始めます。効果の持続期間は平均3〜4ヶ月で、効果が減弱してきた時点で再治療を行います。定期的な治療を続けることで、徐々に注射の間隔が延長できる場合もあります。
手術治療の場合、手術直後は腫れや内出血が生じますが、これらは1〜2週間程度で徐々に改善していきます。抜糸は通常、術後5日〜2週間の時点で行います。洗顔や洗髪、入浴は手術の翌日より行っていただけます。石鹸やシャンプーを泡立ててやさしく創部を洗浄するようにしてください。手術の効果は個人差が大きく、術後も症状が完全には消失しないこともあります。そのため、必要に応じてボトックス治療を併用しながら、長期的な経過観察を行います。